2009年9月5日土曜日

東大寺 指図堂  初めて こんにちわ♪

大仏殿を西に戒壇院を眺めながら数十メートル 回廊に沿って歩くと
西側に勧進所の赤門を見下ろす なだらかな階段があります。
大仏殿を背に のんびり勧進所へ降りていきますと
右手に こんなお堂があるんです。
 
     東大寺 「指図堂」 (しずどう)
 
 
普段 あたしは ウィークデイに訪れることが多く
いつも 指図堂は このように 閉まっておりました。
ところが 本日 土曜日…
前を通りますと 
        おや? あらっ?
        開いてるじゃあ ございませんか!
 
 
こちらはなんでも 円光大師(法然上人)25霊場第11番なのだそうです。
東大寺は1180年に 平清盛の命をうけた嫡男の重衝によって 興福寺とともに焼討にあいました。しかし 法然上人の推挙で 俊乗房重源が東大寺復興の大勧進職につき、源頼朝に支持され鎌倉期の大仏殿再建に全力を注がれました。その後1567年に再び大仏殿は消失してしまいます。
 このお堂では 「指図(しず)」という大仏殿の計画図面を展示され、名前の由来はそこから来たそうです。
 1791年の大風で このお堂は倒壊しましたが、1852年頃に再び再建されたのが 現在のお堂だそうです。
 
では 初めて お邪魔する 指図堂へ…
 
お堂の瓦を見上げると なにやら白いものが…
そお言えば 知足院の瓦も一部そうなんですよね。
守屋長老さまに お尋ねすると…
明治時代の廃仏毀釈の頃 瓦に菊の御紋があっては 取り壊されるかもしれないとの危惧から 石膏で瓦の菊の御紋を隠したとお聞きしました。
昭和の戦後に「そろそろいいのではないかと 石膏を掻き削ったんだよ」と仰っていました。
ひょっとしたら 江戸時代に再建された後 明治時代に この瓦もそのようにされたのかしら…と 思いました。
 
お堂の上にある ちょっと面白い「龍」
 
 
堂内の雰囲気を ちょっと感じれますか?
見えているのは 法然上人の掛け軸です。
 
  
 
そして お堂の入り口西側におわす この方…
どこかで 見たことありませんか?
そぉ・・・
  大仏殿の入り口 東側に デーンとおられるあの方です。
 
   びんずるそんじゃさま!!
   びんずるさま びんずるさまって親しまれている方です。
 
びんずるさまとは…(大仏殿前の説明書より)
仏弟子で、如来・菩薩以前の修行課程にある十六羅漢のうち、第一の聖者である。説法に優れ「獅子吼(ししく)第一」と呼ばれたが、釈迦にとがめられたほどの神通力の持ち主であったという。彼には種々の伝説があり、中国ではそれをもとに聖僧として食堂(じきどう)に彼の像が安置された。日本ではその像を伽藍の前に安置し、病人が患っている箇所と同じ部分を撫でると治るという信仰がある。ここから「撫仏(なでほとけ)」とも呼ばれている。
 
お堂のお守りをなさっている方が 「厳しいお顔をされているんだけど いつのまにか どなたかが こんな可愛い帽子と前掛けを作って被せてくださったんですよ。」とお話し下さいました。
 
 
お堂の中 真ん中には 法然上人の掛け軸…
これは「草履ばきの法然上人御画像」で墨染の衣に金剛草履を履いておられる 力強いお姿でした。
 
そして 右側奥には 釈迦如来坐像 (重文 善円作 鎌倉時代)
左側には 観音三尊の立像が安置されておりました。
 
堂内から外への写真を許可頂きましたので…
ご紹介いたします。
 花頭窓の風情は 大好きです^^
 鎌倉時代の「禅宗様」だそうです。
 
  
 
土曜日だということを忘れるほど 人が来ません。
大仏殿の西側に こんな静かなエリアがあるのに^^
ひとしきり お堂をお守りされている方と
のんびりとお話しをしておりました。。。
 
毎週土・日の朝9時半頃から夕方4時半くらいまで開けておられるそうです。
 
 
 
「またお越し下さいね」と微笑んでいただき
すっかり西日になった表にでました。
 
大仏殿回廊の手前に散歩中の親子を 大屋根の鴟尾が見下ろしておりました。