2009年10月9日金曜日

奈良豆比古神社 秋祭りの朝 石榴と相撲餅♪

 
奈良には 不思議な場所が いっぱいあると思ってます。

1300年の歴史が 脈々と息づく この大和の地に 建築物や仏像や はたまた正倉院の宝物などなど 素晴らしいものが 今も尚 存在してます。
しかし もう一つ 樹齢数百年・・ときには千年を越える巨木と そんなに山奥に入らなくても会うことができるんですよね。

この奈良豆比古神社にも それは素晴らしい御神木の樟の木が あるんですよ
初めて 樟に会ったときの日記はこちら→
 



そして 10月8日の夜(秋祭りの宵宮) こちらでは重要無形民族文化財に指定された「翁舞」が奉納されます。能楽の原典と言われますので 全国から多くの人が 素朴な舞を観にくるそうです。
残念なことに あたしは 昨日来れませんでした><;

今年10月の「なら市民だより」の表紙は 翁舞の写真となっていました。参考までに^^

   
 
この翁舞で使用される面は 普段は国立奈良博物館で保存保管されているのですが、秋祭りのときだけは 全ての面が 神社に戻ってきます。そして「資料館」(境内)にて公開されると聞きましたので、9日に訪れました。
   
 
素晴らしい面が20面ほど 飾られておりました。素朴ですが 迫力のあるものです。
普段は 決して見ることは叶いませんので この期間に足を運ばれるとよろしいかと思います。
 
訪れたのは ちょうど秋祭りの礼拝が終わったところのようでした。
宵宮とは異なり 訪れる人はかなり少ないようです。
この地域の世話役の方々によって ずっと守り続けられてきたお祭りだそうです。
男性が60歳になって初めて その仲間入りをさせていただけるそうです。
 
    
 
ちょうど 太鼓の奉納が行われておりました。
広くない境内に 勇ましい太鼓の音色が響き、秋祭りを盛り立てておりました。
   
 
今夜「相撲神事」という 中世から受け継がれている神事があるそうなのですが…
そっと 参拝させていただいて 境内を眺めますと…
見慣れぬものが…
 
一人前ずつの お弁当ではなくて… 「生御膳」と呼ばれるものが用意されてます。
鮮やかで 綺麗でしょ^^
 
  
 
関係の方に お聞きしますと
秋祭りのときは こうして生のお野菜を御膳にして地域の方々はこれを持ち帰られて お料理されるそうです。
実りの秋に感謝ということらしいです。
 
  にんじん・大根・ごぼう・松茸・枝豆・ゆりね・生姜・石榴
 
  
 
そして もう一つ 目をひいたのが この・・・・お餅!!!
スモンノモチ(相撲餅)といわれる円錐形のお餅です。
うるち米ともち米を混ぜて炊き、晒しの袋に詰めてこのような形にするそうです。
 
    
 
そして 石榴が 山のように積まれておりました。
とても綺麗ですよね。秋祭り 秋の恵みを凝縮したような色の美しさに見惚れました。
 
   
 
近所の方々が 三々五々集まって来て 生御膳とスモンノモチをそれぞれ受け取られて帰っていかれます。
 
写真を撮ってましたら 関係者の方が 「はい!貴女にも」と
石榴を くださいました。
もう びっくり!! とてもうれしくて ニコニコ^^
石榴は後日 石榴酒に^^
   
 
そして 境内を歩いてましたら 突然 宮司さまがお声かけて下さって
「面を見ましたか?」
「はい!さきほど!」
一言 二言 言葉を交わしましたら 突然 あたしの手に
「はい! どうぞ」
と スモンノモチを持たせて下さったのです^^
「子供の健やかな成長を願うものですよ」と微笑んでくださいました。
食べ方は 適当に切って 火で焼くと それはそれはとても美味しいのだと仰いました。
 
石榴とスモンノモチを両手に抱えて 感謝の気持ち一杯!
 
帰宅しまして 半紙をはがして 記念撮影^^
 
 
 
そして 宮司様の教えとおり 焼いてみました。
一口いただき びっくり!
とても モチモチしているんです。
    「わぁ~~~! おいしい~~~!」
 
 
 
奈良豆比古神社さまの 秋祭りの撤饌を頂戴できるなんて思ってもみない出来事に驚きの日となりました。
地域の方々が ずーっと守って来られている神事は 素朴ですが力強く お話をお聞きすると とても興味深いことがあるようです。
来年 再び参拝させていただけたらいいなぁ~と思いました。  
   

2009年10月5日月曜日

東大寺 公慶堂に最接近♪

  
 
勧進所の赤門を入り もう一つの門をくぐった左手に そっと佇んでいるお堂が「公慶堂」です。
去年 こちらに来たときは 八幡殿のことで 頭がいっぱいで そばを通り抜けておりました。
 
江戸時代の大仏殿復興を成し遂げた 公慶上人がお祭りされております。
しかし こちらは普段は 入れる場所ではないので ずっとこの日を待っておりました^^

  

     
 
こちらのお堂の中は NHKで放映された「公慶上人」の特別番組で拝見することが出来ました。
一般に公開はされておりませんが 国立奈良博物館で 昔行われた特別展の図録に そのお姿を見ることができます。


        
 
また お堂からは こんな景色が広がっております。
ちょうど 大仏殿が 悠然と見えるんですよ。
公慶上人も 安心して 眺めておられることと思います。
 
 
お堂の前の栗は 見事に実をつけておりました。
 
 
そして 小さなお子様の仕業でしょうか…
落ちていた栗 数個 お堂の縁に そっと置かれておりました。
ひょっとしたら 小さな手で 「公慶上人さま どうぞ~」って お供えされたものかもしれませんね^^
 
    
 
そんなことを思うと ふと あの杉を眺めたくなり 二月堂裏参道に足をむけました。
そうそう・・・ あの杉とは 公慶道に育ってる 公慶杉(勝手に名づけて)…
公慶道の日記は こちら→
 
今日は 「道」を歩かずに もう少し上から 眺めてみました。
大仏殿と公慶杉^^
 
樹齢300年の杉が いっぱい 育っております。
公慶上人の御心が 何百年も息づく素晴らしいところです。
 
     
 

東大寺 八幡殿 僧形八幡神坐像さま♪


 
手向山八幡宮で祭礼参拝させていただいて いよいよ東大寺勧進所八幡殿の中へ 入らせていただきました。
去年のブログで詳しく載せてみました こちら→
 

一年間で たった一日だけ 一般も入らせていただけるのですが…
こちらにおられる 国宝の僧形八幡神坐像(快慶作)は 美しいし凛々しいし素晴らしいものです。
手向山八幡宮のご神体でしたので 先ほどの祭礼参拝は ほんとに嬉しくって仕方ないことでした。
 
 限られた時間の中の参拝です
 
記帳させていただき あがらせていただくと
去年と同じように 清清しい堂内となります。
朝から お坊様による法要がなされたのは こちらですね。

 
 
そして 開かれた障子から見えるのは 正倉院と同じ校倉造りの蔵です。
 
   
 
次の写真は お庭に出て 校倉の前から 先ほどいてたお堂(右側)と 八幡殿(左側)を撮影してみました。左側に見える土塀の向こうには 戒壇院があるんですよ^^

 
そして 神紋と言ってもいいのでしょうか
十六八重菊の紋が 扉にくっきりと 彫られております。
手向山八幡宮の神紋ですので 
やっぱり~~ なんて思っちゃいます
このような神紋の扉の中に 入れるなんて ほんと素晴らしい日ですよね
  
   
 
そして 今日 こちらで見たかったものの一つに 公慶堂があります。これはまた のちほどUPさせていただきます^^

手向山八幡宮 転害会(てがいえ)♪

  
 
奈良時代 聖武天皇が大仏造営をされた時に、これに協力のため749年に宇佐から八幡宮を迎えて 大仏殿の鏡池(八幡池)の東側に鎮座したのに始まる。以後 東大寺を鎮守したのである……
 
御祭神は…
 中殿 応神天皇
 右殿 仲哀天皇・神宮皇后
 左殿 比売大神(ひめおおかみ)
 若宮 仁徳天皇

俊乗堂での参拝のあと 勧進所に行く前に その大元である手向山八幡さまのほうへ 何となく歩いていきました。
場所は三月堂の南側。
 
ひょっとして 祭礼 転害会に間に合うかも!
 
転害会(てがいえ)とは… 例年10月5日に執り行われます。宇佐から遷宮されるとき 東大寺転害門から入られたことに起因すると伝えられ、転害門をお旅所として神輿がでます。

不思議なことに ちょうど「警蹕(けいひつ)」の場面でした。
神社の祭礼の中で響く警蹕の「オー」という声は 今まさに 神様のお出ましの時…
この「オーー」という神職さまの声は「言霊」そのものなのかもしれないと思います。
 
御簾をあげられて 中殿・右殿・左殿と 神様をお出迎えされます。
 

  
 
警蹕が響く中 三殿とも 神様がお出ましになりました。
ここからは 空気が一転してしまいます。
 
  
 
献饌が始まります。
お酒やお塩・洗い米や 海の幸・山の幸
恭しく 神前にお届けされます。
 

    
 
雅楽の調べとともに献饌が続きました
 
 
そして宮司様による祝詞奏上…
 
     
 
そして 玉串奉奠となり 関係の方々が それぞれに神前に向かわれます。
もちろん 東大寺のお坊様も……
二礼二拍手一礼されました
 
   
 
手向山八幡さまが 東大寺の鎮守であると
しみじみと 思えるシーンでした。
 
そして玉串奉奠の最後は かわいいお稚児さんたち^^
神職さまが やさしく やさしくお手本を…
大きなお姉さんの合わせて 小さなお嬢さんも ペコリ!
 
 
全ての祭礼が滞りなく終わり…
再び 神職さまによる 警蹕のとき…
神様が お帰りになられます
 
 
 
緊張していた人々の顔に微笑みが戻ります
 
  ***   ***   ***
 
手向山・・・と聞いて どこかで 聞いたことあるなと思う方も多いかと思います。
菅原道真が 
 このたびは 幣(ぬさ)もとりあえず 手向山 もみじの錦 神のまにまに
と詠んだことで 有名です。
 
   
 
これから ますます紅葉が美しくなる手向山八幡宮です。
一番大きな祭礼と 警蹕の声に感動したひと時でした。
このあと 八幡さまの像を 参拝させていただくのに 八幡殿までいきます^^
 

御菓子司 美濃忠 「雪花の舞」♪

 
PCが壊れ 10月のお出かけの写真を失くしてしまい かなりショゲテおりました。
ところが 先日 なんとかデータを復活させることに成功^^v
 
ちょっと時間が経っておりますが 記憶を辿りながら UPしていきます。
 
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素敵な名前の御菓子を頂きました。
名古屋の古い御菓子司 美濃忠さんの 「雪花の舞」
 
リビングのテーブルの上に置いてたところ
朝日が カーテンから 洩れてきて 
美しい名前に スポットライトを あてたような景色が 広がってました。
 

 
美しい自然の移ろいと
 花々の風情を 紅白の雪花の舞に表現したそうです。
食感は 皮がとても軽く そして玉子餡が 口の中で ふわっと溶けていきます。
白とピンクの二種類が入っていておりました。
 

     
 
和菓子の名前は ほんとに いつも感心させられます。
どちらの写真も 奈良の朝日が 優しさを添えてくれました^^
 

唐招提寺 金堂落慶慶讃法要 招待状♪


 
平成12年から10年の歳月をかけた 金堂平成大修理も ついに……!!
この11月1・2・3日の 三日間をかけて 「金堂平成大修理落慶慶讃法要」が行われます。
9月半ば そのご案内を頂き 天にも昇る気持ち^^
 
封筒の表書きから 隅々まで じーっと眺めちゃいました
あんまり嬉しいので ブログにUP♪
 

 
ほらほら! 料金別納の印刷も 素敵でしょ~!
 
    
 
御案内

   
 
そして 一緒に かわいい散華が入っておりました♪
 

 
「渡」という 一文字も 添えられておりました
厳しい日本海を渡って来られた鑑真和上さまを思う 一文字なのでしょうか
 
       
 
あたしは 3日に参列させていただけます。
朝から夜まで どっぷりと 浸りたいなぁと思っております。
当日の境内の見取り図には 金堂の前に「能舞台」が設えられるようです。
 

 
そして 後日届いた 「招待券」
まさか 頂けるとは思っていなかったので とっても 幸せ^^♪
 

      
 
最初の写真と次の写真は
国宝「鑑真和上展」の図録からです。
解体修理されて 見事に蘇った金堂と 仏さま…
再び このような景色に出会えるまで あと僅かです~
 

東大寺鐘楼の丘 5日の月例法会 俊乗忌など♪

東大寺で行われている「法会」には 年次・月例・臨時の三種類に分かれているそうです。
今日は 5日の月例法会の「俊乗忌・護国英霊供養・行基菩薩供養・水子地蔵供養」と 年次法会の 八幡殿「転害会」が重なりました。

朝8時過ぎに 勧進所の前に行きますと… ちょうど 八幡殿での年次法会が終わって これから 月例法会が始まるところでした。
なかなか この時間に来ることが出来ないので お坊様のあとをついていくことにしました。


このあと 念仏堂へ… どのコースで 行かれるのだろう…
やはり 出てこられるところは 壮観^^
思わず 頭を垂れてしまいました…

 


     

指図堂の前では 手を合わせて一礼されます
大仏殿の大屋根と お坊様の姿は 絵になるのです^^

     

そして人の少ない大仏殿裏・講堂跡から 大湯屋の方へ歩いて行かれます

   
 
表と違い こちらは ほんとに観光客も少ないのです。
つかず離れずで ついていきました^^
 
 
 
そして やはり 大湯屋のほうに右折!

  

春には桜が もうじき大銀杏が色づく大湯屋界隈です

 

鹿がのんびりと草を食む 大湯屋の前…

日本最古の鉄湯舟が保存されてるそうです…
観光客は少ないのですが とても美しい建物でしょ~?
そして お坊様の行列は しずしずと 静かに進んでいきます。
そして この向こうにある 階段が!! 実は実は!!
筒井寛秀長老さまの「誰も知らない東大寺」の中に書かれてた階段です。
 
いつも 近道~!とか思って スタスタ トントンと 
駆け下りたり 駆け上ったりしてたのですが
この階段 「五十二段」あるそうです。猿沢池から興福寺に登る階段が「五十二段」で有名なのですが こちらも 段数は「五十二段」なのです。
本によりますと…
 
「五二」という数字は、菩薩が悟りにいたる修行の階位のことで、十信、十住、十行、十廻向、十地、等覚、妙覚をいい、石段の数はこの五二の階位に従ったものです。
 
だそうです。何気ない小さな階段だと ずっと思ってたあたしは それを知ってからは なんとなく一段ずつ丁寧に踏みしめるようになりました。
 
   
       
 
菩薩さまの修行の階位・・ひとつひとつ
そんなことを思いながら昇りますと
目の前には 鐘楼の丘が 現れます

 

鐘楼の丘と言われるこの一帯…
本日の 「月例法会」は この丘にある三つのお堂と一つのお地蔵様に捧げられるのです。
 
まずは 「念仏堂(重文)」にて…
こちらでは 護国英霊供養が行われます。
ご本尊地蔵菩薩坐像ま胎内仏は「夜泣き地蔵」と呼ばれるそうです。
読経の中 のんびりと鹿が 横切っていく…


 
 
念仏堂の法会が終わり 行基堂に来られるお坊さま…

  
 
こちらのお堂は 宝形造で もともと重源上人の御影堂であったが元禄年間に重源上人の坐像は俊乗堂に移されたので 仏師賢慶の造った行基菩薩坐像が安置されている。(栞より)
 
普段はお姿は見えないのですが 法会のために 扉が開けられておりました。
なかなか厳しいお顔の行基さまです。

   
 
堂前にて行われる「行基菩薩供養」
 
 
そして「五十二段」の階段を登ったところにある「水子地蔵」前へ…
 
 
 
「水子地蔵供養」は「地蔵呪」を読み上げられます。
初めと終わりに お地蔵様にお水をかけておられました。
 
    
 
そして いよいよ 俊乗堂での「俊乗忌」が始まります。
実は お坊様は 位によって入堂される入り口が違いました。
 
 
 
長老さまたちは 東側より入堂されます。
 
 
他のお坊様は北側より入堂なさいました。
下の写真は 両方の入り口を写したものです。
 
 
国宝の重源上人坐像が安置されております。
昨年12月16日の良弁僧正忌のときに特別にあけられたときの様子→
61才の年齢から東大寺勧進職に就かれた素晴らしいお坊様です。
 
この東大寺の歴史の中で とても重要のお坊様のお一人であって その法要を月一回 このようにして厳かに営まれているのです。
堂内の様子を 少し覗くこともできますし お経が洩れてきます。
重源上人の存在を 間近に感じることが出来る貴重な時間となりました。
 
 
素晴らしい抑揚のお経を 早朝の境内で じっと聞きいっておりました。
大仏殿を再興なさった重源上人への敬愛を込めて…
こちらの丘での法要は 9時30分ぐらいに終了いたしました。
 
鐘楼の丘に流れる月例法会も 無事終わり お坊様は三々五々帰っていかれます
 
    
 
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このあと… サプライズが!

ずっと佇んでたのを御覧になられた堂守の方が 手招きくださり、重源上人坐像への参拝を許可してくださったのです!
 
もちろん北側の入り口から入らせて頂きました。
そして 今の今まで 読経があげられて お香が焚き染められていた内陣へ…
 
堂内に入ったときから 鳥肌たつ!という雰囲気…

空気が法会の名残で とても清浄な雰囲気になっており その薄暗い堂内にて 国宝の重源さまにご挨拶させていただけました。
 
全国には四体の重源上人坐像が残っているそうですが 国宝になっているのは こちらの像だけ。
晩年のお姿を見事に写し取ったといわれる それはそれは 素晴らしいものです。
その厳しいお顔は やはり惚れ惚れするお姿でした。
 
内陣に入れていただき 正座し あわせた手は そのまま…
堂守の方が 手をもとに…と 仰ってくださるのですが^^
去年参拝させていただいたときとは 全く違い 存在を感じるくらいの迫力に 震えてしまいました。
色々なお話を聞いたのですが… 
また後日 アップできたらいいなぁ~と思います。